天上の海・掌中の星

    “翠の苑の迷宮の” O 〜闇夜に嗤わらう 漆黒の。U
 



          
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 初夏のアトラクションリゾートには、潮の香とうららかな陽射し。別な誰かに装うイベントは、それでなくとも水蜜桃のように瑞々しい年頃の少女たちを、開放感という弾みでもって、ちょっぴり大胆にも弾けた行動へとお誘いし。華やかな姫、艶やかな踊り子。お侠
(きゃん)な忍びにクールな死神。日頃はお堅い優等生が、ボンテージもどきのセクシーないで立ちで高笑いしたり、レースやふりふりがいっぱいのゴスロリ調のワンピースでお澄まししてたり。

 「そんな楽園だったってのによ。」

 随分と低められた声での恨み言を、いかにも憎々しげに紡ぐ金髪の導師様へ、

 「サンジ。余裕あんのか空元気かはっきりして。」

 こちらもこちらで、周囲の不穏な空気を感じ取っての怖々という様子もありありと、自分を支えるためにと保護者の袖に掴まりながらも、言ってることはなかなかに強腰な、勇者殿(レベル1)だったりし。海上の孤島、イベント会場中央の広場にいきなり展開したのは、ある意味で本物のファンタジーワールドの取っ掛かり。結界を張ることで陰界属性の領域である“亜空”を設け、陽世界への影響が出ぬようにと取り計らっての待ち受ければ、こんな対処を読んでいたかのように仕掛けられたのが相手の得意技らしき“陽体固化”という現象で。本来ならば殻を持たない“形無きもの”であるはずの陰的存在を、勝手に組成を組み替え、陽体へと変換してしまう。周囲に満ちた相容れぬ相性の“気”に侵されたり、その身がほどけてしまったりこそしないけれど、自在に使えた力を全て封じられるし、
“あん時はそこまで考えなかったが…。”
 そうされたのが自分やゾロという、特別な力を持つ上級の精霊だったから、その身は損なわれずに無事でいられたのだと。こんなとんでもない力、他でも使われたら堪らないとしか思わなかったが。もしもこの術を陽世界でも使えるのなら、巨大な生気持つ陰世界の何物か、本来だったら居続けられぬ陽世界へ、引っ張り出しての連れ出すことも可能かも知れず。
“生気の濃さなら陽世界の方が上だ。”
 先の騒ぎであのチビすけが狙ったのは“巨大な生気”だった。ナミさんによれば、やはり巨大なエナジーの塊“ビッグ・トム”を狙っているとも聞く輩。それが陽世界で好き放題をやらかそうものならば。

 “…冗談キツイぜ。”

 思っていたよりずんと手ごわい相手だと再確認。用心してはいたけれど、こんなところでかち合おうとは正に不意打ち。しかも、

 『なあ、サンジ。ゾロは? どこにも居ないんだけど。』

 唐突な気弾の襲来に目を逸らした一瞬の隙をつき、亜空にあふれた張りぼての疑似陽体。サンジとしては まずはそれらに気を取られたものの、そこは心掛けの差というものか、さすがは惑わされないでのまずはと探したらしいルフィは、されど見失った守護を案じて不安げな声を出した。確かに結界内にいたはずが、ほんの寸前まで立っていた舞台の上にその姿がない。いつまでも呆と突っ立っているばかりでは芸がないとばかり、彼は彼なり、動き出しているということか?

 “けどなぁ。何にも察知出来ねぇんだが。”

 幻覚を使う相手へと対処するケースだってあるけれど、そんなことはさしたる問題じゃあなく。こちらだって亜空にすべり込むときは本来の陰体に戻っているのだ、気色をこそ嗅ぎ分ける感覚も冴えての、互いの居場所くらいは把握出来るのが常であり。但し、

 “またぞろ陽体固化されてて、そういう感知の力も封じられてるとか?”

 先の春に、同じ小僧とやり合ったときにも巻き添えを食った“陽体固化”により、サンジは咒を全く使えない身となってしまったし、ゾロもまた その身が場のエレメンツと相容れぬ素養となったためにか、空中高く飛び上がっていた身から“浮力”を奪われて、あわや落下かという憂き目に遭いかけた。この空間に合っていた筈の適応性を奪われているならば、人で言うところの肉眼でしか物は見えないし、他の感覚だって相当鈍っているはずで。そんなところへ、動けない張りぼてばかりな筈のキャラクターたちの中、戦士の“レプリカ”が1体だけ、こちらへの闘志も満々に、剣を引き抜き身構えて下さったものだから。

 「せめて、何か武器でも装備してりゃあな。」

 これが似合うとスタッフの班長さんから勧められた恰好は、やっぱりそういう属性なのかねとこっそり苦笑した“導師”のいで立ち。よって、呪文で戦う身には武装は要らぬという理屈か、武器はなくての丸腰状態。それが専門のゾロほどじゃあないけれど、それでも封印対象へ直接当たる応対をこなすのだからして、見習い破邪の数十人分ほどには戦闘力だって持ち合わせてる。そんな身であるということ、彼もまた知らぬせいでだろう、

 「武装ったって、サンジって格闘とか切り結びとか出来んのか?」
 「少なくともお前さんの“柔道”とタメ張れんぞ、くぉら。」

 しかもこちとら実践派だ、口利きには気をつけなと。庇った坊やをちょっぴり凄みつつも見下ろせば。大きなドングリ眸がほのかに潤みを増しているのとかち合った。いくら回数こなしての慣れがあったって、得体の知れないものとの接触、怖くなくなるもんじゃあない。本来は見えないものが見えるほど、感応力が高いということは、それだけリアルに相手の放つ違和感や威容だとかも拾っているはずで。

 “本当は心細いのだろうにな。”

 そんな状況だったのを、その身を呈してでもという全力懸けて護ってやっていたゾロ。無論、ルフィが彼へと懐いていたのはそれだけが理由じゃあないのだろうが、どんな陰体だろうが負けはしなかった頼もしい破邪の不在は、どれほどの不安を齎していることだろか。それを隠そうとしてのこと。ともすりゃ生意気にも“しっかりしてよ”という口利きをしているルフィなのなら、

 “俺だって応えてやらにゃあなるめぇよ。”

 懐ろに手を当てれば、思い出したものが指へと触れる。恐らくお飾りだろうが、護剣とかいうもの、上着の合わせから柄を覗かせるような角度で差し込む着付けをさせられており。懐剣…というよりも、女性の婚礼装なんぞに使われてる“はこせこ”のようなものだろが、何もないよりマシかと手に握る。きらびやかな装飾の彫刻が施された洋風の小太刀は、一応は金属製なのかそれらしい重みもあって、
“咒力をまとわせられりゃあ、結構使えんだがなぁ。”
 こんな風に、と。未練がましくも鞘の上から刀身をするりと撫でてみたところ、

  ―― ぽわり、と

 反りはないせいで横笛を思わせるような真っ直ぐの、銀色の得物が不思議な発光をし始めるではないか。え?と、顔の前へまで持ち上げた我が手を見やった聖封殿。日頃ならそれで当然の結果だが、思い込みから 今はそうであるはずがないと思ってた。

 「…っ、サンジっ!」

 間近から不意に掛けられた声にハッとして、反射的にその腕を振り上げると。握ったままだった小太刀がやたら堅くて重いものをがっきと受け止めて、
「く…っ。」
 相手の得物の差し渡しが長かった分、まだ間合いを残しての…それでもすぐ間近まで。結構距離があったはずの舞台からここまでを、一足飛びに跳躍して襲い来た戦士の一撃、何とか片手で防いでいたサンジだったりする。数歩分ほど残しての、間近となったは精悍な戦士のしかめっ面で、

 《 〜〜〜。》
 「おっかねぇな。いい男なのが台なしだぜ?」

 相手は両手持ちでの振り下ろしであったろに、それを見るからに痩躯なサンジが食い止められたのは、彼が思いの外 力持ちだったからじゃあなく、

 “どういう訳だか、今回は陽体化されちゃあないようだ。”

 先の折には、相手にとっての獲物だったエナジー体ごとの一緒くた、こちらまでもが陽体化されての危機に瀕したものだから。こたびもそれをついつい思い出してしまっていたが。今回だけは杞憂だったか、模造刀だろうアクセサリーの刀へとまとわした防御の咒が、存分に効果を発揮してしてのこの構図。

 《 ぬう。》

 何の武装もない見た目と反し、一刀両断は無理な相手と察したか、込めていた力をすっと緩めて刀を浮かした戦士。その隙を見逃さず、

 「離れんぞ。」
 「え? わっ。」

 懐ろの中に掻い込んだまんまな態勢にあったルフィにぼそっと小声をかけ、返事も待たずに後方へと飛びすさる。咒力をまとした小太刀に楯の代わりを務めさせはしたけれど、そもそもこういう直接叩き合う戦闘は能力的にも得意じゃあないからで。

 “どんくらいまでのが使えるかは判らんが。”

 すっかりの手放しで、全ての咒を見込むのは早計かもだが、全く手も足も出ないよりは心強い。
「緑頭を捜すのは ちっと待てな、ルフィ。」
「うん。」
 サンジがゾロと組んでいるのは、斬った叩ったという直接攻撃での対処が専門な彼が不得手とする、陰体への探査と封印の能力、補っての発揮するため…というのが最も大きな理由ではあるが。
“だからって、何も出来ないってもんじゃあない。”
 そこは聖封一族の宗家の血統を引く者、戦闘系の攻撃咒も心得てはいる。素早い跳躍での数歩ほどを下がった位置に、靴底を石畳へと擦りつけての立ち止まり。起き直ったそのまま、背条も手足もすっくと伸ばす。詰襟になった襟元や肩先、前合わせへの仕立ても装飾も、厳重で華やかというデザインの、畏まった礼服という傾向がどこか似てはいるけれど。貴族の御曹司という設定じゃあなく、聖職者向けの導師衣であるがゆえ。それをまといし痩躯を引き立てての、凛々しくも清冽な印象を強めていて。

 《 雷霆の槌、天帝の鉾。今や刮目し、あまねく風を撒き 降り来たれ。》

 小太刀を握ったままな右手を頭上へとかざしての、左手は眉間に寄せ。そんな文言を低く紡ぐとその途端、辺りの空気がざわりと波打つ。

 「…サンジ?」
 「掴まってな。」

 誰彼かまわずという“現象”を招いちゃあいない。導いての叩きつける“攻撃”のための言わば召喚だから、敵だと照準を合わせた者へだけ降りそそぐそれではあるが。そんな仔細を話している間も今は惜しくって、不安そうな声を上げたルフィを、声だけでもっと近寄ってなと促して。


  《 降雷制覇っっ!》


 風を撒くほどの勢いで、一気に振り下ろされた手の動きにあおられて。そこもまた時間が止まったかのように見えていた天空から、何かが振り落ち、

 「わっっっ!!」

 何かが炸裂したなんてもんじゃあない、視野の全部が真っ白に発光したほどもの光に包まれてしまい。慣れた手がすべり込んでの瞼の上から素早く覆ってくれていなければ、ルフィの視界も焼きつきを起こしてしまっていたかも。ただ眸を伏せただけじゃあ足りなかっただろうほどもの閃光は、だが、単なるおまけに過ぎなくて。頬を叩いた突風や、小さくはない振動もしたのへと、反射的に身をすくませてしまう。彼らが本格的に戦っているところ、少しくらいなら見たこともあったけれど。こうまでの大技で咒という術が繰り出されたの、間近に接したのは初めてじゃあなかろうか。多少は力を振り絞りもするんだろうなと、頭では判ってたつもりだったけれど。こうまでの…大気ごと震えるような、そうまで物凄いことなんだという体感にはさすがに肝を冷やしたか、その手がサンジの胸元へ掴まったまま剥がせない。まだどこか、子供の域をでないそれ、不器用そうでしゃにむな そんな手へ、暖かな感触が重なって、

 「もちっとだけ、気張っててくれな?」

 怖いだろうが…というフレーズは敢えて省略したサンジだ。普通に考えたって、本物だろう切れ味のしよう大太刀引っ提げた、筋骨隆々な大男が向かって来るの、平和な日本で学生スポーツしか齧っていない健全な男の子が怖くない筈はなく。しかも、それへの対処として、空の彼方から雷を呼べる青年が、だってのにちっとも安堵した気配になってはいない。それをすぐさま感じ取ったルフィが、

 「…。」

 恐る恐るに顔を上げ、こっそりと見やった先には、

 “…え?”

 さっきの戦士が、だが、無事な姿のままで立っているではないか。ただ眩しかっただけじゃあない、ああまですさまじい突風が吹き抜けたのだし。生き物以外は共有か、それとも疑似物(コピー)がこちらの亜空にも生まれているのか。広場の縁飾りのように配置されてあったオブジェや舞台の壇上のあちこちも、大砲でも貫き抜けたかのように 大穴が空いたり砕けたりと無残な姿になっているのに。それらの前に立っていた彼には何の影響も出ておらず。ただ、

 「向こうさんも咒の防御が使えるらしい。」
 「あ…。」

 ゲーム風に言やあ防御魔法を使える戦士ってやつか? 自嘲気味な言い方をしたサンジが言うその通りで、大太刀を提げていない側の腕を、やはり頭上まで掲げていた戦士殿。そんな彼を、じっと目を凝らさぬと判りにくいベールのようなものが取り巻いていて、あれはきっと防御効果のある障壁に違いない。そして、

 「意志が…自我があってのそれかはともかく、
  この一連の幕内だけは自分で判断して動いちゃあいるらしいな。」

 他のレプリカとは明らかに異なる存在。敵意や殺気がありありと伝わって来ないもんだから、てっきりこっちもそういうのを拾えぬ身にされたかと思ったほどで。ならば…動きはすれど所詮は木偶
(でく)に違いない存在かとも思えたが、ただ操られている身にしちゃあ身ごなしの連動があまりにもなめらかだ。こっちだって伊達に戦闘バカと長く一緒にいた訳じゃあないから、攻撃の巧拙には目も肥えており、

 「戦闘に関する蓄積がある動きだかんな、ありゃあ。」

 ただただしゃかりきに当たって来りゃあいいって訳じゃあないと。サンジの構えと唱えた咒に気づき、素早く対処を取れたからこその無事。そんな対応が出来る戦士であるということは、その場しのぎにと作られたものじゃあなさそうで。そんな素性が判ったと同時、サンジとしては…こりゃあ手を焼きそうだとうんざりする。そもそも戦闘という体力勝負はゾロの専門。相手によってはその動きをゾロが封じたところを咒をかけて封印するなんて働きもしなくはないが、サンジはもっぱら探査や結界を担当し、戦闘後の後片付け、徹底浄化を任されるのがセオリーで。

 “咒への耐性もあるとはな。”

 よって、力任せに封じ込めてしまえるような相手じゃあなし。これは叩き合いによる体力の削り合いで隙を作らせる他は無さそうで。苦手なものをぶつけて来るとは、陰険なやり方を取るじゃねぇかと、忌ま忌ましく思ったものの、

 “………あれ?”

 だがだが、ちょっと待て。こんなややこしい段取りにしなくとも、最初にやばいと感じたそのまま、サンジの身も陽体へ変換していないのはどうしてだ? 自分も相手も咒が目に見えるほどの効果で使えるこの亜空間の属性は、間違いなく陰性。だったら尚のこと、サンジの得手である咒術をどうして封じておかなかったのか。

 “何を企んでやがるんだ?”

 そして…こうまで慎重な聖封様とは性格も戦いようも異なる破邪様のほうは、どんな目に遭っておられるものか。邪魔にだけはなるまいぞと、必死で状況に眸を向けての頑張っている小さな坊やを懐ろに、厄介な敵への集中を尖らせ始めるサンジであった。








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  *私自身には関係ないかと思っていたんですが、
   それでも何かとばたついた九月の始めでございまし。
   更新に間が空いてしまっててすいません。
   え? もう慣れた? ありゃりゃん。